‘2011/03’ カテゴリーのアーカイブ

退職者送別式=多目的​ホール=

2011/03/31

6名の職員に退職辞令を交付し、送別式を行いました。

3月をもって退職をされる6人の皆さんの送別式にあたり、東庄町を代表して、感謝の言葉を申し上げます。
皆さんには、それぞれ長い間、東庄町に勤務され、町の発展にご尽力をいただきました。
そのご労苦に心から敬意を表し、お礼申し上げます。

町は、3月11日、14時46分と15時16分に発生した2度の今まで経験したことのない大地震による災害対応に追われ、皆さんのこれまでの労をねぎらう機会もないまま、今日の日を迎えた訳であります。
行政として災害時の緊急対応には一致団結、連携によるすばやい対応対策が大事であり、町民の命を守らなければなりませんし、守ることがつとめであります。
そういう意味でも皆さんには、退職をされる日まで、ご尽力をいただきました。

「生涯現役」という言葉があります。意味は、生涯現役で働き続けるということではなく、生涯現役で生きて行くという事です。
それは、生涯に渡って自分の望む方法で、社会との関わりを持って生きていくことです。
自分の命、そして人を大切に、持っている能力を発揮し、前向きに明るく、これからも社会の役に立つ存在として、人から感謝される道を歩んで行ってほしいと思います。

これまでの人生の大きな部分を、町の職員として、ふるさと東庄町を創ってくれたことに、感謝するとともに、これからも、それぞれの立場で、すばらしいふるさとを創る一員として活動していただきたいと思います。

まずは、ゆっくり疲れをとって、そしてこれからの第2の人生を「自分が主役」となり、謳歌してください。
皆さんの「これからの人生」にエールを送り、ご健康とご多幸を心からご祈念申し上げ、挨拶とさせていただきます。
長い間ありがとうございました。

◆町では、今も、災害対策本部を設置中です。
時折、ビクッとする余震もあります。
退職の日、午後3時からの送別式の少し前まで防災服を着て、仕事をしていただきました。
本当に大変な平成23年3月でした。
そしていろいろな意味で心に残る3月31日となりました。

東北地方太平洋沖地震​被害調査実施報告=東​庄町=

2011/03/29

◆3月11日 午後2時46分・午後3時16分 地震発生(震度5弱)
午後2時50分 災害対策本部設置(防災対策室)=現在継続中=

■町長室が防災対策室に

午後3時 町内巡視開始   第1配備体制(職員73人)
午後3時15分 消防団巡回開始  停電・断水
午後5時10分 避難所設置(役場・公民館・保健センター・ふれあいセンター)
午後9時  避難者557人(4避難所計)
 独居高齢者世帯等の安否確認

◆3月12日
■役場庁舎前給水所

午前7時20分 給水車による給水開始
午前8時  避難者272人(4避難所計)
午前8時30分 第3配備体制(全職員)
午後5時30分 第2配備体制(職員107人)
午後7時30分 全面通電 ・ 午後10時30分 通水開始
 独居高齢者世帯等の安否確認

◆3月13日
正午 全避難所閉鎖 ・ 午後3時半 第1配備体制(職員73人)
午後6時 一部断水はあるが概ね通水

◆3月14日
午前9時15分 水道全面通水

◆町道被害状況(3月17日現在)
災害箇所 69(亀裂33・陥没43・隆起11・土砂4・その他4)

◆住宅被害調査
住宅(居宅)被害の補助制度検討のため、職員による町内全戸の地震災害の状況調査を実施、終了いたしました。

《調査世帯数 4429戸》・3月25日現在
○母屋の建物被害 1568件<屋根被害1169・外壁被害298・基礎被害221・その他被害650>
○住家(母屋除)の建物被害 245件
○非住家の建物被害 491件
○敷地の被害 169件

=これから町では非常時の対応対策に続き、道路の復旧工事や住宅被害に対する補助制度の検討を進めます。
また、近隣市への援助もできたらと考えています。

※一人ひとりができること、しなければいけないこと= 節電!!

第10回JAかとり通​常総代会《神崎ふれあ​いプラザ》

2011/03/26

JAかとり通常総代会が神崎ふれあいプラザで開催され、出席をいたしました。

まず、この度の東日本大震災により、被災された皆様に、心からお見舞い申し上げ、一刻も早い復興をお祈りいたします。

これまでも、日本の農業・農村を取り巻く環境は、農業者の減少や高齢化の進展、農業所得の低下、TPPの問題など厳しい状況ではありましたが、この大震災による被害は甚大で、私たちの想像を遥かに超えるものとなりました。
農業に必要な燃料や家畜の飼料の不足、さらには、停電の影響や放射能汚染による風評被害など、大地震の影響はあまりにも広範で複雑なものとなっています。

■祝辞を述べさせていただきました

このような状況の中で、国の「食」を支える農業を守り抜くことは、ますます重要です。

今こそ「たちあがれ日本!!」
歴史に学べと言いますが、16年前の1月17日阪神・淡路大震災を教訓に団結とまず人を大事にする対応をしていきたい。
国の力(対応対策)は重要ですが、国民のお互いを思いやる気持ちを大切に・・・めげずにがんばりましょう!

JAかとりの益々の発展と、ご列席の皆様の益々のご健勝でのご活躍をお祈りし、祝辞とさせていただきました。

◆地震災害のため町内各土地改良区では、農業用水の通水が遅れることが見込まれます。
 田植えの遅延が予想されることから、農家の皆さんは、育苗作業(種まきなど)の日程調整や 環境条件に対応していくことが必要となります。

三月定例議会閉会

2011/03/23

大地震発生より12日、毎日のように余震が続いています。
余震とは言え、これまで地震の揺れをあまり感じることのなかった庁舎が・・・揺れます。

3月11日 午後2時46分・震度5弱 午後3時16分・震度5弱
2回の大地震発生により、東庄町でも道路や家屋、農林水産商工観光関係等に災害を被りました。

■壊れた町道

■町道被害箇所 69

地震発生直後より、対応対策、復旧作業に職員一丸となり最大限の努力をしてきました。

昨日、災害により4日会期を延長した3月定例議会が終了いたしました。

本定例会には、執行部より、議案20件、諮問1件を提案させていただきました。

特に、平成23年度の予算議会ということで、議員各位には、慎重なるご審議を賜りましたが、おかげさまで、すべての案件を原案のとおり可決いただき、誠にありがとうございました。
会期中に、頂戴したご意見、ご提言につきましては、鋭意、検討し、町政に反映するよう努めてまいる所存です。

さる3月11日14時46分に発生の東北、関東地方に発生した地震と津波は、想像を超えるもので、自然災害の恐ろしさを改めて知らされたところです。
幸いにも東庄町は、近隣市のような大きな被害はありませんでしたが、やはり普段からの備えと緊急対応、対策が大事であることを知らされたところです。

16年前、ちょうど町長に就任をする4日前の1月17日阪神、淡路を震源とする大きな地震が起き、多くの命を奪いました。
私は対応対策として、町政を預かる身として、これからは、やはり地震に対応、そして緊急のいざ災害時に起こり得ることを想定し、特に公共施設、学校の整備を重点的に施策として展開してきました。

幸いにも今度の災害においては、学校を含めたすべての公共施設は、ほとんど被害を受けませんでした。
特に庁舎、公民館は、昨年の12月に公民館の改修・耐震工事を終えたところで、調査の結果、問題は生じませんでした。

備えあれば憂いなしと言いますが、それをも超える自然災害の恐ろしさはこれからも続くものと想定されます。
人間は小さなものであります。
大きな自然には到底敵わないということの実感をしましたが、それに立ち向かう努力は必要です。

今回の大きな災害に被災され町を奪われ、肉親を奪われたくやしさは、大きなものがありました。
しかし、その対応と対策に取り組んでいくのが、行政の仕事であります。
これからも小さな町の大きな力をパワーとして、住民が手を取り合い、大きな絆の中で小さな町の建設にあたっていただきたいと考えます。

今度の災害にしても多くの方々と地域のネットワークが、事を成し得るのだと思います。
一番大変なのは、不明者の捜索であり、多くの方々の連携の中で進まなければ到底解決はできない問題であります。
多くの犠牲者の方々にお見舞いと哀悼の意を表するものでございます。

これからも、安心、安全の確保、地域医療の充実、地域住民の幸せのために最大限の努力を重ねてまいる所存であります。
2万人以上の被災者を出した今回の大きな災害の、一刻も早い捜索と復旧を願うものでございます。

そして、この町は、みなさんとともに大きな絆と連携の中で、これからも努力をしてまいることをお誓い申し上げます。

議員各位には、尚一層のご指導ご支援を賜りますよう、お願い申し上げるとともに、まだまだ余震が続いておりますので、注意を払いお過ごしいただきますようご祈念申し上げます。
ありがとうございました。

3月定例議会の閉会にあたり、あいさつをさせていただきました。

東北地方太平洋沖地震​発生から4日目

2011/03/14

東北地方太平洋沖地震発生(3月11日・14時46分)

幸い東庄町では、大きな人災等はなかったものの、停電、断水、道路や建物の災害のため、現在も災害対策本部を設置中です。

私をはじめ、全職員で全力をあげ対応対策をしております。

=私のブログは、しばらくお休みいたします。=

鹿島祭頭祭 =鹿島の​棒祭り=

2011/03/09

毎年11月3日に開催している東庄ふれあいまつり(昨年は第23回)。
ここ数年、司会進行をお願いしているのが浪曲師の玉川奈々福さんです。
奈々福さんのうなる浪曲に天保水滸伝「鹿島の棒祭り」があります。
その「鹿島の棒祭り」祭頭祭を見せていただきました。

■鹿島祭頭祭

今年の左方は日川郷。
日川(神栖市)と私の住んでいる笹川(東庄町)とは、渡船により行き来のあったところでもあり、親戚や知人も多いことから「行ってみようか!」ということになりました。

毎年3月9日に鹿島地方に春を呼び、人々の健康や豊作を願って行われています
祭頭祭の神事は午前中に執行され、午後から祭頭囃の行列が本陣を出立。
私が鹿島神宮に着いた午後3時。
丁度、日川郷の色鮮やかな衣装の囃人が、囃唄を歌い、樫の棒を組みながら威勢のよい囃し込みが始まったところでした。

戸数630戸の日川地区から総勢650名の方(ご高齢の方から小さな子供たちまで)が一生懸命に習い参加をされていて、東庄町のお祭りもそうであるように「先人が大事にしてきた伝統を、また次の世代に引き継いでいく。」という結束と意気込みを感じました。

■神栖市 保立市長さん(日川)と

左方日川郷大総督・保立松太君は、お孫さんです。

■鹿島宮司さんと

「子供からお年寄りまで、お祭りに参加をしています。町の中で子供たちが挨拶できるようになり、お祭りを地域の祭りとしていくのは大切なこと。地域の連携はお金にはかえられない宝物としてのこり、無縁社会をつくらない事につながります。」
・・・とのお話をいただきました。

■東権宮司さん(東氏一族)と。

※「東庄」とうのしょうの地名=千葉一族の胤頼が支配、<東氏>を名乗る。
頼朝の天下統一に大活躍した千葉氏には、その功績として房総半島各地に領地が与えられました。
東庄一帯は、千葉常胤の6男にあたる胤頼が治めることとなり、胤頼は<東六郎太夫 とうのろくろうたいふ>と名乗りました。
東庄の地名はここに始まります。

お祭りが大好きな私。
見せていただいて良かったです!!

完全米飯給食開始から​30年に

2011/03/08

先月の朝日新聞(2/26)に、同じ千葉県内南房総市で、=お米の消費拡大や地元産の野菜を使い、4月から幼稚園・小中学校の米飯給食を開始。=という記事がありました。

東庄町では、幼稚園から中学校まで、日本人の食文化の中心となってきたお米の食生活を再認識するために、米飯による学校給食を実施して、すでに30年が経過しました。

小学校5校で自校給食としていましたが、昭和55年度の国庫補助事業により、センター方式に切り替えました。
幼稚園5園・小学校5校・中学校1校で、年間190日、週5日制の完全米飯給食として、翌昭和56年から学校給食センターが稼動し今日まで30年間、1年間190日×30年でおよそ1千2百41万食を賄ってきたことになります。

東庄町の給食の最大の特徴は、当時としては画期的な弁当箱方式を採用したことです。
おかずと、ご飯は、それぞれの弁当箱に盛り付けられた状態で学校まで配送します。
ご飯はセンターで炊飯釜を使って炊き、炊き立てのご飯を飯盛り機械により、適度にほぐした状態で、幼・小・中と分量を変えて1人分ずつよそうことができるのです。
また炊飯担当者は、春夏秋冬それぞれの外気温で炊く水の量を、マニュアルにこだわらずに、「一番緊張する」と言っていますが、こまめに一釜ずつチェックしながら、確かなプロの技術と長年の勘でこなしています。
この弁当箱方式により、学校では配膳時間を短縮でき、ゆとりある教育にも反映されています。

産業振興係やJAの協力のもと、年間作物の収穫時期一覧表を作成し、旬の野菜を提供してもらうと同時に、保護者でもある生産者から学校を介して情報を提供してもらうことにより、新鮮な野菜が手に入り、直接“畑から給食”へが実現いたしました。
地産地消と食育を、授業にも取り入れてもらっています。

■地産地消献立 行事食
・ちらし寿司  ・東庄町産いちご  ・ひなあられ  ・牛乳  
・東庄産キャベツと小松菜のおひたし(ドレッシング)
・木の葉天ぷら   ・たまご焼き

■地産地消献立 
・ご飯 ・東庄町産豚肉の酢豚  ・杏仁豆腐  ・牛乳   
・千葉しゅうまい  ・韓国のり  
・チンゲン菜ともやしのおひたし(ドレッシング)

これからも、東庄町産水稲コシヒカリ(検査一等米)を使用、おいしい手作りの給食、ずっと心にのこる給食として、子供たちのための給食であり続けたい・・・。

★お米消費拡大から 私の作るおすすめメニュー

五目焼きビーフン=旬の野菜・残り物の野菜をたくさん入れた焼きビーフンを大皿に盛り、上に炒り卵と紅しょうがをトッピング。
簡単で色取りもよく冷めても美味しい、孫たちにも人気のメニューです。

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3月初めの「利根川コ​ジュリンこうえん」

2011/03/04

昨日のお昼休みに久しぶりに利根川コジュリンこうえんに寄ってみました。

■「利根川コジュリンこうえん」 =平成14年千葉県表彰受賞=

「利根川の大自然と親しむ」という夢を国土交通省と東庄町がコジュリンが飛来・生息する地にちなんで造成、命名いたしました。

「弥生」は、草木がますます生い育つ「いやおい」から転じた言葉といわれていますが、風景はまだまだ茶色で、これから緑色に変わっていきます。
自然を巧みに生かして整備された公園は、小鳥のさえずりや風景の色により季節とやすらぎを感じることができます。

子どもたちにも、もっと遊びに来て楽しんでほしい、爽やかな風を感じる私の好きな場所でもあります。
昔の利根川を再現した「じゃぶじゃぶ池」・「野鳥観察舎」・「遊歩道」などが整備されています。

■記念モニュメント

■利根川近代治水工事発祥の地「記念碑」

3月庁議開催

2011/03/02

平成22年度も最終月に入りました。
少し寒い日が続いて、陽気が定まりません。

先日、老人クラブ連合会お楽しみ会に招かれ、高齢者福祉対策ということで話をさせていただきました。
今、目の前にきている問題として、高齢者が一気に増えるということがあります。
人口の多い年代が定年を迎えるなど高齢者の仲間入りをし、人口体系が逆三角形となります。
10年位前から予想はできていたものの、ただ増えるというより溢れるという状況です。
町としても対応対策をしていかなければなりません。
定年延長もあり、まだまだ働ける年代の方も多く、キャリアのある人たちに、今後いろいろな意味でお手伝いや力をお貸しいただきたいなと思います。
福祉担当課では、地域の皆さんと連携をとり「誰もが安心して過ごせる地域づくり」をめざし、「見守りネットワーク」の構築を進めているところです。
見守りネットワークの充実と合わせて、65歳以上の方の対応も考えていきたい。

町づくりは、住む人たちの結集です。
皆さんも、明日は我が身であるということで考えてほしい。
良い知恵があれば提案していただきたい。

国の予算が成立し、地方選挙も近くなってきました。
国の行く末が見えてこない中、末端の小さな自治体は、国にすべてを頼るのではなく方向転換も可能である。
独自の施策も考えて行きたい。
町の施策等を町民の皆さんに理解をしていただくためにも、もっと外に発信、ピーアールをしていきたい。
仕事をする上で、熱心で真面目に個性をプラスし、町民に伝える力、知らせる力をつけてほしい。

・・・会議冒頭、挨拶をいたしました。

■今の時期、町民ホールは、申告相談室<確定申告>となっています。

岩田利雄プロフォール
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